2015年度アジア研究教育ユニット第9回学際融合コロキアム

2015年度アジア研究教育ユニット第9回学際融合コロキアムの風景

 

「報告」アジア研究教育ユニット 学際融合コロキアム第9回

報告者: 入江恵子
発表題目: 身体への医療介入:インターセックス/性分化疾患を事例として
場所: KUASU多目的室
参加者:8名
日時: 2016年2月4日

   今回は、入江恵子氏により、インターセックスの医療化をテーマとする報告が行われた。
 入江氏は従来より、おもに北米における聞き取り調査をベースにインターセックス/性分化疾患にかんする調査に取り組まれてきた。今回の報告では、これまでの業績を踏まえて、インターセックスを指す際に使われる名称の変遷とその背景について議論が展開された。
 インターセックスとは、「解剖学的に、外性器・内性器、ホルモン状態、染色体など、性の発達が非典型的な先天的状態」であり、さまざまな「症状」の総称であるという。インターセックスを取り巻く問題として、社会的な認知の低さや情報の不足および未整備による当事者の孤立という問題がある。加えて、多ければ数十回もの外科的手術を施されること、症例の珍しさゆえに研究材料にされることなど、身体への医療的介入を経験することで、自身の身体への自己コントロール感(自律)の喪失や自己評価が低下しがちである、という問題がある、と入江氏は指摘する。
 入江氏の整理によれば、こうしたインターセックスの「症例」は両性具有(Hermaphrodite)などと呼ばれていたが、1990年代に入り、北米インターセックス協会設立などの社会運動が展開されることで、半陰陽やインターセックスという名称が定着した。そして現在では、2006年のシカゴでおこなわれた小児科学会による決定にもとづき、DSD(Disorders of Sex Development、性分化疾患)という名称が使用されるようになった。
 このように、趨勢として見れば、インターセックスという政治的な言葉からDSDという医学的な言葉への回帰が見られる、というのが入江氏によるまとめであるが、現実には、北米では現在でも「インターセックス」という名称が広く使われているようである。このことの証拠として、若い世代のインターセックス運動家が動画配信などを通じて認知度を高めようとする運動が紹介された。それにたいして、日本では、インターセックスではなくDSDを使うことが推奨されていることが指摘された。
 ディスカッションでは、入江氏の議論を性的マイノリティをめぐる議論と関連づけようとする発言にたいし、入江氏から、インターセックス運動の成果により、インターセックス当事者を性的マイノリティというカテゴリーに含めることは現在忌避されるようになっているという応答がなされた。さまざまな身体的状況を「性的逸脱」と結びつけられる当事者の経験や、周囲からのラベリングや分類を拒否する当事者にたいして研究者がそうした暴力性を持ちうる方法論や枠組みを用いてアプローチすることの困難などについて討論がおこなわれた。調査対象者のアイデンティティという問題を避けて通れない他の研究者にとっても、こうした討論は示唆に富むものであったと思われる。
 当事者のアイデンティティに接近することの困難に関連して、日本でインターセックスを扱った作品として知られる『IS』においても、当事者の認識と大きなズレがあることが指摘された。また、当事者の間にも対立があり得ることが指摘された。こうした当事者運動の比較は、社会運動論の観点から見ても興味深い。
 次回で学際融合コロキアムは今年度最後となるが、引き続き、実り多いディスカッションが展開されることを期待したい。

(文責:山本耕平)