2015年度アジア研究教育ユニット第4回学際融合コロキアム

2015年度アジア研究教育ユニット第4回学際融合コロキアムの風景

「報告」アジア研究教育ユニット 学際融合コロキアム第四回

報告者:一宮真佐子(KUASU研究員)
発表題目:「マンガに見る高度成長期以降日本の農村イメージの変遷」
場所:KUASU多目的室
参加者:9名

 今回は、一宮真佐子KUASU研究員により、「マンガに見る高度成長期以降日本の農村イメージの変遷」と題する報告が行われた。本報告は、報告者の博士論文後半部分となる予定の内容にあたるものであり、高度成長期以降、日本の農村イメージが如何に変容してきたかについて、マンガを対象として分析されている。

報告では、まず研究の背景について、農業多面的機能の経済的評価分析(農業経済学・環境経済学的分析)から現在の研究テーマ・研究領域(農村社会学における文化研究)へ変更した経緯が説明された。特定の分析手法に基づくマクロ評価の限界を踏まえ、個人の農業に対するイメージに焦点をあて、社会によって構築されたイメージ(素材)が如何に個人(素人)に影響を与えているのか、といった点の研究に進んだということであった。

本報告では、ポピュラーカルチャーである「マンガ」を対象として分析した部分に焦点があてられた。農村社会研究においてマンガを研究する意義としては、農村・農業の改善を目指す「政策」研究は問題点ばかりを提示しがちであり、ポピュラーカルチャーが消費者に与える影響についての研究が不足していたためである。また。マンガはデフォルメ、誇張されがちであること、視覚的にイメージが形成されやすいものであることから、分析の対象としたということであった。

研究を進めるにあたっては、農業・農村が主題のマンガ作品が少ない(マンガが都市文化として発展してきたため)という問題があったものの、主に次のような作品があり、その内容と分析が報告された。

1975年開始の矢口高雄『おらが村』は、都市・工業文明批判(近代化矛盾)と農村問題(過疎問題など)が含有されている。1983年開始の雁屋哲・花咲『美味しんぼ』では、食を通じ、社会問題として農業・農村が描かれている。1988年開始の尾瀬あきら『夏子の酒』では、「有機農業対近代化農業」の図式で近代化に対するオルタナティブが提示されている。これらは、問題提起型作品であり、その主人公が持つ「消費者のまなざし」が見て取れる。

1987年開始の川原泉「第一次産業シリーズ」以降、ネガティブからポジティブへの転換・笑いによる差別的イメージの転換が見られる。これは、農業・農村イメージのインターテクスチュアリティを逆手に取ったものであるといえる。1998年開始の二ノ宮知子『GREEN-農家のヨメになりたい』では、肯定的な農業・農村感かつ魅力的な「異文化」として描かれている。2002年開始の五十嵐大介『リトル・フォレスト』では、理想的な田舎暮らし、自給的農業、手作りの食生活など、理想的かつ現実的な田舎暮らしの表象と見て取ることができる。1990年代以降、居住空間として農村の再評価がみられる。遅れた場所(後進地域)から“異文化”へと表象が変化している。農村がより良い選択肢の一つとなっている。

 報告者は2008年以降、農村で暮らし続ける人物、農村から出ていく登場人物の分析を行っている。2000年以前の作品では作品内に描かれなかった外国人(外国人花嫁を除く)やマイノリティが、近年、「村」の構成員として登場するなどの変化がみられる。

全体のまとめとして、農村イメージがネガティブからポジティブへ変遷してきた(現代日本における農村の位置づけの変化)こと、懐古的な「古き良き農村」の要求がみられること、閉鎖的イメージの払拭(田舎暮らしの政策的推進に利用)などの特徴がみられると報告された。

質疑応答では、以下のような点が議論された(討論の一部を要約)。

  • Q.他者表象の面では理解できたが、当事者(農民・農業従事者)は自分たちのこと(生活や農業・生活の変遷)をどう考え、イメージしているのか。

    A.居住者もどう見られているのか理解しているのではないか。理解したうえで如何に移住してもらえるか、などを戦略的に考えている場合もある。

  •    Q.実際の農家女性たちの立場について。

    A.農家に嫁いだ女性たちの実践や農村女性の地位向上のための政策などもあり、以前と比べると家庭内でも地域社会でも改善されているといえる。

  • Q.マンガに描かれた世界を農村の人たちはどのように考えているのか。農村社会学研究やコンテンツは、現実とどう繋がっていくのか。

       A.コンテンツをどう利用するのかが重要となる。地域おこし等に活用されている例がある。

  • Q.農村イメージの変遷についての政治性・思想(コミューン主義、近代批判など)との関係性について。自然主義などとの関係はあるのか。

       A.英国では見られるが、日本では明確に関係性が表面化していないのではないか。

  • Q.マンガを通しての表現と他のメディア(雑誌等)の表現は違うのか。マンガを研究することによってのみ分かることを見出すことが必要ではないか。

    A.マンガはインパクト重視なので誇張しているところがあるのではないか。女性誌等の表象とは違いがみられる。その違いを分析していくことも今後検討している。

今回の報告により、ポピュラーカルチャーであるマンガが描いてきた日本農業・農村の表象が、社会・経済・政治の変遷とともに変容してきたことが明らかとなった。無意識のままに認識している農村イメージが如何なる情報源によって構築されたものなのか、表象する側、受容する側の相互関係について改めて考えさせられる機会となった。

文責:知足章宏(KUASU研究員)

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