2015年度アジア研究教育ユニット第6回学際融合コロキアム

2015年度アジア研究教育ユニット第6回学際融合コロキアムの風景

「報告」アジア研究教育ユニット 学際融合コロキアム第6回
報告者: Xiao,Yu
発表題目: Installing Environmental Education in Rural China
場所: KUASU多目的室
日時: 2015年11月5日

一、報告内容
 1、問題意識:国家権力への生の経験を変えることで、環境汚染を減らしていく。
本報告は、Yuさんが、ポスドク段階において新たに取り組んだ研究の計画に関するものである。Yuさんはシンガポール国立大学から博士号を授与されたが、博士課程においては比較政治を主に専攻されていた。博論は、中国で民営企業が最も発展していた、浙江省の農村部における工業汚染をめぐる紛争に関するフィールドワークをもとに書かれた。そこでは、村民が自ら工場を経営し工業を発展させていたが、国家の環境宣伝(教育)の狙いとは裏腹に工業汚染と村民の健康被害が続出していた。国家の環境宣伝と村人の生の生活経験の間のギャップにより、村人たちは環境汚染を避けられないことだと受け止めるようになり、このような心理状態(Mentality)が形成されることとなった。人々の国家権力への生の経験が、その心理状態を形成する上で非常に重要となるのである。そこで、Yuさんは次のような問いに着目するようになった。既存の政治システムの下で、修正された環境教育(宣伝)を実験プログラムにのっとって行い、村人たちに新たな経験を与えることで、人々の心理状態に変化をもたらし、最終的に汚染を無くすことは可能であるか。もしもそれが可能であるとすれば、中国農村部においてより効果的な環境教育をインストールする上で重要となるファクター(要因)は如何なるものであるか?今回の報告は、以上のような問題を解明するために考えられた研究計画に関するものである。

 2、方法論と具体的な実験方法について
環境教育プログラムの人為的なデータを、実験者たちが、農村部に存在するローカルな情報を発信する組織―寺、教会、宗族集団や村の老人たちの集まり、NGOなどにランダムに割り振り、二段階にわたる実験を一定の期間内に継続して行う。それから、pre-testsとpost-testsの結果を計測するとともに、ワン・セットの村々についてエスノグラフィック研究を行い、村々に関する詳細なケース・スタディに基づいて、実験を施行するファクターに関する構造的な比較を行う。

二段階にわたる実験及び測定については、次のようである。第一ラウンドの実験は、ローカルなスペシャリストの不在を埋め合わすことを目指す環境教育の内容に焦点を合わせる。そこでは、一般的な環境宣伝と比較する形で、社会心理学の発見を取り入れたより強化された環境宣伝広告が評定される。客観的な側面としての実験実施後の汚染水準、ある特定の環境実践における表面化された行動、地域の環境保護に関する責任や実行可能性などを測定する。第二ラウンドは、環境教育が施される方法に着目する。とりわけ寺、教会、宗族集団や村の老人たちの集まり、NGOなど非政府組織でローカルな実行者たちに焦点を当てる。Pre-testsとPost-testsにおける複数の実験条件のデザインを測定し、いくつかのローカルな実行者たちのパフォーマンスを評定する。

 3、実験設計と実施におけるいくつかの難点・問題点
ローカルな実行者たちの動機付与の問題およびそれぞれの役割が重なり合う(overlapping)問題、二段階の実験効果を如何に分別するのかという問題など。

二、フロアからの質疑応答
Q:中国社会のより広範な環境汚染の改善に向かった研究を行う予定などあるのかどうか?
  A:今のところはないが注目していきたい課題である。
Q:計量研究を行っているのかどうか?
  A:報告内容にかかわる研究において、計量研究を行うことは十分に可能である。
Q:人々の国家権力への生の経験が一つの着目点であるように感じるが、この研究計画からは国家の役割がはっきり見えてこない。国家或いは地方政府の環境教育における役割は何であると考えているか?
  A:ここでは国家或いは政府が環境教育に積極的にかかわるという側面よりも、かかわらない或いは消極的に対応しているという側面を浮き彫りにすることを通じて、国家を観察することになる。
三、ノートテイキング担当者の感想
現代中国における政治学、社会学、法学などの分野における実証研究は、とりわけ環境汚染や労働紛争、人権問題など政治的に比較的に敏感な問題を取り扱う場合、かかる問題に対する政権側のGo-lineとNo-Go-Lineが曖昧であるがために、研究者側に常に細心な注意を心がけように要求するのである。政治的にセーフな研究テーマの選定とその学術領域での先行研究への満足的な理論的貢献を両方満足させる研究となると、研究者たちに残された空間は非常に限られたものとなる。Yuさんの報告では、研究対象の選択、研究計画の設定およびその実行可能性への予測などにおいて、以上の要素を存分に踏まえた上での細心な注意と努力がうかがえた。環境教育という政治的に中立的で安全なテーマを通じて、Yuさんが実際に考察しようとしたのは、ある情報(或いは知識)――本報告では環境教育に関する情報だったが、それは例えば村人の集団行動(Collective Action)に関する情報や政府の統治行為に必要な情報など政治的に敏感な情報にも置き換えられる――が如何にローカルな村落社会において組織化された形で拡散していき、人々の経験、知識、認知、ないし心理状態(Mentality)を変えていくのかという問題であった。その情報の拡散と伝達の過程における資源の組織化様態こそ、Yuさんの真の研究関心だったのではないかと推測する。それは、また政府の統治過程の重要な構成部分にもなりえるのである。

文責: 朴艶紅 KUASU研究員